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Colocasia's Photo World

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カテゴリ:俳句( 49 )

慶雲立つ

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田の畔の上に蚊柱が立っていた。黄味を帯びた赤茶に紅葉したコナラやアベマキの林を背景に、その小さな昆虫の群れは、右に左に、今度は上に下へと所定まらない気流のように動いている。このような蚊柱の正体は大概ユスリカである。アカイエカなど正真正銘のカによる蚊柱もあるが、遠目でも気づくような大きな蚊柱はまずユスリカと見て間違いない。
古代中国では蚊柱が立つのは吉兆とされた。時に大発生するユスリカが造る蚊柱は、大げさなようだが竜巻にも思えるほどである。何事もスケールの大きな国だから、蚊柱は縁起の良いことが起こる前触れの「慶雲」と見たのである。「景雲」という唐の年号は巨大な蚊柱の出現に因んでいる。我が国の「慶雲」や「神護景雲」の年号も同じく大きな蚊柱の発生に由来する年号と言われている。
        「蚊柱や吹きおろされてまたあがる」 村上鬼城
ところで、「蚊柱」は夏の季語である。慶雲と神護景雲の改暦は、それぞれ704年5月10日と767年8月16日であり、季節は立夏の気(期間)と立秋の気。この蚊柱を写したのは小雪の気(12月3日)。ということは、蚊柱は年中現れるようで、特別に夏の風景ではないようである。
本来の「慶雲」は、高僧が往生した時に現れる紫雲のことで、禅では、目出度い時に現れる五色に彩られている瑞兆の雲の「慶雲五彩生」という一月の月の禅語がある。高僧とはいえ、往生は時を限らないから、慶雲は何時出るかはだれも知らないだろう。そうならば、ユスリカ由縁の蚊柱は夏ではなく、無季の季語とみるのが当たっているかもしれない。でも、こんな浅はかな素人の思案を巡らしている間は、慶雲など現れないのかもしれないなぁ。
*過去の蚊柱慶雲の記事もご覧ください。
撮影:2011.12.03 / Canon EF75-300mm F4.-5.6mm
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by escu_lenta_05 | 2011-12-09 12:23 | 俳句

雪虫

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このところ野山で雪虫の姿を見るようになったので、我が家の庭にも居るはずと、毎年発生するエノキの辺りを探すと、思ったとおり直ぐにそれは見つかった。
雪虫は綿虫とも呼ばれ、体にふわふわした綿のように見える白い蝋物質を纏っているので、飛んでいる姿はあたかも雪が舞っているかのようである。
その正体はワタアブラムシ類で、この仲間のリンゴワタムシやナシワタムシは果樹害虫として良く知られている。普通、アブラムシ類は無翅型の雌が単為生殖で繁殖を繰り返すが、寄主植物を転換する時期になると有翅型の雄と雌の親が発生して、新しい寄主植物を求めて飛び回るのだ。例えば、トドノネオオワタムシというワタムシムシの一種は、初雪の少し前に有翅型が羽化して、トドマツからヤチダモに移って産卵し、その卵が越冬する。
雪虫が大量に現れるのは晩秋から初冬で、北の地方では丁度初雪が降る頃。冬支度を促す自然暦の代表的な昆虫である。
「雪虫も雪虫に似しものも飛び」 中村青峯
雪虫は、雪ボタル、雪婆、白粉婆、大綿虫、大綿などの別称があり、冬の季語とされているが、北海道、東北、信越地方では、雪の季節に活発に活動する虫のことを雪虫と呼ぶらしい。これは、トビムシ類の他、ニッポンクモガタガガンボなどのガガンボ類、セッケイカワゲラに代表されるカワゲラ類など、雪の上を歩いたり、飛び回ったりする昆虫の総称である。それで、こちらの雪虫は春(早春)の季語とされていた。ところが、戦後はどちらも冬の景として読まれることが多くなったようである。ふわふわと空を舞う姿は、「綿虫」と呼ぶより、「雪虫」と呼ぶ方が詩的であるかもしれない。しかし、そうした細かな論議など名句は一蹴してしまう。
 「綿虫やむらさき澄める仔牛の眼」 水原秋桜子
さて、庭の雪虫だが、これはエノキワタアブラムシという種で、エノキやムクノキが寄主植物である。前述のように、アブラムシ類は雌だけの単為生殖の世代と、雄も生まれる両性生殖の世代がある。目の前を飛ぶ雪虫を見ていると、小ぶりなのと、それより一回り大きなのが飛んでいるのに気づく。小さい方が雄で、大きい方が雌のようだ。その重い体に難儀しながら飛ぶ雌にレンズを向けて、暫し小さな小さな初冬の風景を暫く撮影してみた。
*関連の過去の記事もどうそご覧ください。→「初夏の白い妖精」   「キョウチクトウアブラムシ」
撮影:2011.11.28 / Micro-NIKKOR 105mm F2.8D
*クリックで画像は少し拡大します。
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by escu_lenta_05 | 2011-12-03 11:54 | 俳句

丹下左膳のコカマキリ

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出会う昆虫の姿にも秋の深まりを感じる。
赤錆びた鉄板に止まるこのコカマキリも晩秋の風景そのものである。
古びたブロンズを思わせる体色。
複眼の片方が傷つき、落ち武者のような風貌。
寂寥感に溢れている。
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カマキリの体色には、緑色系と褐色系があるが、
コカマキリはほとんど褐色系で、緑色系は稀である。
カマキリの体色だが、秋の深まりと共に枯れた色になるのではなく、
羽化した時の体色に変化はないのである。

俳句の季語に「枯蟷螂」がある。
緑の草木が秋になり褐色に色変わりしてしまう様子と、
秋めいて枯れ木色になったカマキリを詠んだと思しき俳句をよく見かけるが、
それは観察不足や思い違いということになる。

枯蟷螂の過去の記事もご覧ください。→「枯蟷螂
撮影:2011.10.28 / (上)TAMRON SP AF Di 90㎜ F2.8(上)/
(下)CANON EF28-80mm F3.5-5.6 II(改)

*クリックで画像は少し拡大します。
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by escu_lenta_05 | 2011-10-29 18:12 | 俳句

冬陽[Sunshiny of early winter]



[Field of early winter where harvest ended]
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あと二日で大雪に入る。
二十四節気では、直に仲冬ということになる。
温暖化やヒートアイランド現象も影響して、
近年は、特に初冬や仲冬は暖冬傾向だったから、
この古来の暦が、あまりに季節を早取りしていると感じたが、
今年は例年になく冬が足早にやって来たから、
違和感もなく、美しい言葉として響く。

里山に立てば、北西の風が吹きつけ、
その風の冷たさにも、近づく仲冬を思わせる。
人影の絶えた畑は、
早々と夕景になってしまいそうな冬陽の斜光に照らされている。
畝を覆っていたマルティング用の黒いビニールが、
思い出したように沸き起こる木枯らしに、
燻銀のような光を揺らしながらぱたぱたと喚く。

「朽野」、「枯野」、「冬野」、「冬田」。
微かに青草を残す里山だが、
北風に揉まれる日を重ねる内に、
こうした寂寥感の漂う冬の景を写す言葉が良く似合う里へと変貌するのだろう。
すっかり草木の枯れた風景に包まれると、
知らず知らずに、人は絶望や失意だけが醸成されるのだろうか。

   「過去は運にけふは枯野に躓けり」  鈴木真砂女

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by escu_lenta_05 | 2008-12-05 10:00 | 俳句

枯蟷螂



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まだ盛りに咲いているラベンダーセージは、
昨日アップ↓のホシホウジャクばかりでなく、
キチョウやセイヨウミツバチなどが時々姿を見せている。
昆虫を狩って生きるしか術のないオオカマキリにとって、
ラベンダーセージの花の陰は絶好の狩り場なのだろう。

    枯蟷螂に朗々の眼(まなこ)あり  飯田龍太

変温動物のオオカマキリにしてみれば、
立冬に入って、これから朝晩の冷え込みが日々応えるようになるだけに、
晴れた日の暖かな一時だけが、餌を狙えるチャンスの瞬間だ。

さらに低温の季節ともなれば、体はスムーズに動かなくなり、
もう昆虫を狩るのは無理だろう。
そうなれば、初冬の日向に残る命を晒し、
ただ死を待つばかり。
枯蟷螂にとって、
冬の陽だけが、命を灯し続ける唯一の糧とってしまう。

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by escu_lenta_05 | 2008-11-08 05:20 | 俳句

黄色いジレンマ[Yellow color dilemma]



[Hiding Common Grass-yellow (Eurema mandarina)in leaves of Jujube(Ziziphus jujuba)]
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庭のナツメ(Ziziphus jujuba)の葉が大分色づいている。
その株の周りを、一匹のキチョウ(Eurema mandarina)が何かを物色するように、
先ほどからうろうろ飛び回っている。
その光景は、
ナツメもキチョウもほとんど変わらない色合いだから、
枝からち切れた葉が風にひらひら舞っているかと思えてしまうほどだ。

暫く見ていると、葉群の中に入ろうとしている。
カメラを近づけると直ぐにそこを離れるが、
逃げることなく周りを飛び回っている。
どうやらこのナツメの木で休もうということらしい。
なるほどここなら、キチョウはすっかり木に同化してしまうから、
天敵に見つかることもないだろう。
   
   秋蝶のこの黄の濃さよ小ささよ  星野立子
キチョウはレモンイエローでよく目立つ色のチョウだから、
遠くで飛んでいても直ぐに目に入ってくる。
辺りの草木が緑の季節には無防備と思える派出な色彩だが、
黄葉の時期となれば一変、
こうして見事に木に潜り込んで隠蔽できるというのを目の当たりにして、
思いも寄らないキチョウの戦略にただ驚くばかりだ。

とはいえ、黄葉の季節は束の間。
間もなく枝から葉が散り落ち、木は裸木になってしまうので、
そうなればキチョウは上手く身を隠すことなど出来なくなってしまう。
キチョウは成虫で越冬する習性なので、
他の多くのチョウのように、秋の深まりとともに死に絶えてしまうことなく、
どこか適当な場所に潜り込んで長い冬を乗り越えなければならない。

旱の川原なので出合うキチョウは、眩しいほどの鮮やかなカナリヤ色だが、
秋に羽化する個体は褪めた菜の花色を帯びていて、
かなり白んだ色合いのものが多くなってくる。
   秋の蝶黄色が白にさめけらし  高浜虚子
枯れ葎で潜んで過ごすには、少しでも目立たぬ色目の方が有利なのは確かだ。

低温期に羽化するのがいかに目立ちにくい色合いになっているといっても、
黄色いチョウであることに変わりない。
この否が応にも目に飛び込んでくる姿は、
これから訪れる灰色の世界でかなりのリスクを背負ったままだ。

   山麓や黄ばかり多き秋の蝶  有馬籌子
晩秋になるとキチョウの数は滅法多くなる。
モンシロチョウよりも遥かに良く見掛けるから、
最も普通のチョウと思えるほどだ。

晩秋の驚くほどのキチョウの数の多さは、
海の魚が大量の卵を産卵することによって、
生存率を高めようとする戦略と同じ「数打ちゃ当たる」の戦法なのだろうか。
無脊椎動物の進化の頂点にある昆虫類の歩む道筋としては
少し後退路線ではと思うのは老婆心だろうか。

地味な色彩の方が上手く冬を乗り切りれる筈なのに、
キチョウはなぜ派手な黄色というジレンマをわざわざ背負っているのだろうかと、
日増しに寂しくなる風景の中で一際目立つチョウ故に、要らぬ心配をしてしまう。

キチョウ属は南方に繁栄しているチョウである。
その中で先鋭隊ともいえる日本のキチョウにとって、
越冬のための兵法は、まだまだ課題があると見えてしまうのだが、
チョウの中では現実に最普通種であるのだから、
それはそれで上手く行っていると実証しているようなものだ。
見た目で要らぬ詮索をするのは止めておいた方が良い。
そんな黄色いジレンマの教訓である。

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by escu_lenta_05 | 2008-11-01 09:05 | 俳句

日だまり[Fall sun and loneliness]



[Basking Smaller Longheaded Locust on the leaf of Persicaria capitata]
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庭のあちこちで花盛りのヒメツルソバ(Persicaria capitata)の葉に、
オンブバッタ(Atractomorpha lata) がぽつんと一匹止まっていた。
雄雌が負んぶしている仲睦まじそうな姿が印象的なバッタだから、
一匹だけでいるのを見ると、とても淋しげである。

   秋の日が背にあたたかくしづかなり  長谷川素逝

葉に体を預けるようにして、
背中を太陽の真正面に向けている様は、
日だまりに腰掛け、
過ぎ去りし日を回想する老いの人の姿にも見えてくる。

秋の陽が眩しい、哀愁の季節がやって来たようだ。

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by escu_lenta_05 | 2008-10-30 06:45 | 俳句

花弁の無い花[Flower that has lost petals:Japanese anemone]



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シュウメイギクが丁度花盛りだ。
一株買ったのを株分けして庭の隅などに植えていたのが、
今年やっと群生して咲いてくれるようになった。
これまでもぼちぼちと咲きはしたのだが、
花数が少ないから、撮影するにも花姿のきれいなのを選びようもなく、
ましてや上手く背景や構図の決まる場所を狙いようもなかった。
これでなんとか思い通りに写せる状況になったのだから、
拙い写真の言い訳はもう許されなくなったのは少々困ったことではある(笑)。 

シュウメイギク(Anemone hupehensis var. japonica)は秋明菊と書くが、
キク科ではなくキンボウゲ科の植物である。
古く中国からの渡来植物で、漢名は「秋牡丹」。
秋に咲く牡丹と見なしたのだろう。
ボタンは現在はボタン科とされているが、
以前はシュウメイギクと同じキンボウゲ科とされていたから、
お互い似て見えるのも納得である。

シュウメイギクはイチリンソウ属(Anemone)の植物で、
そのグループの形質として花弁が無い。
花弁に見えるのは実は萼の部分。
このように、萼片はあっても花冠が無い花のことを「単花被花」といい、
シュウメイギクが良くその代表例として登場する。
同属のイチリンソウはもちろん、ユキワリイチゲなどのイチゲ類や属名でもあるアネモネも、
これと同じ構造の花で、蜜を出さない起源の古い植物である。
だから、花粉を食べる昆虫がもっぱら花粉の媒介をすることになる。

   秋明菊死後の遊びを思いけり   山崎 聡 
   菊の香や垣の裾にも貴船菊    水原秋桜子
   観音の影のさまなる貴船菊     阿部みどり女 

別名は「貴船菊」。
由来は、京都洛北の貴船で野生のものが見られたからと解説するものがあるが、
元来移入種だから、元々野性すると見るのはやや不合理だろう。
貴船で良く栽培されていて、土地柄もあり名所だったからと
見るのが無難な解釈ではないだろうか。

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by escu_lenta_05 | 2008-10-27 07:33 | 俳句

鉦の音[Sound of prayer gong]



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[barking Fruit Cricket (kanetataki, Japan) on the leaf]
庭の雑草を眺めていると(笑)、
「チンチンチン・・・」と鳴く虫の音がある。
それはは5,6声はするが、10までは届かないようである。
      鉦叩十は続かず七つまで  阿部筲人
      十ばかり叩きてやめぬ鉦叩   三好達治
     
規則正しくリズムを刻むその鉦の音は、
一音一音は弱々しいが、しっかりと耳まで届いてくる。
     音短かに一度々々の鉦叩   野沢節子
     鉦叩一打も弛みなかりけり   倉田紘子     

その声の主は何処かと、
確かにこの辺りのはずだと、マサキの垣根に寄って耳をそばだてると、
どうもここでは無くて、
今度は向こうのヤブツバキの方で鳴いているように聞こえる。
     鉦叩垣の外とも覚ゆなり   蚊杖
鳴き声を頼りに姿を探し出すのは意外に難しいカネタタキである。

     なき初めし今宵の虫は鉦叩   高野素十
秋は名ばかりの未だ夏のなごりの夕暮れに、
微かに聞こえる鉦の音。
鉦の響きに涼しさを覚え、秋の訪れを知る。

夕闇と共に鳴き出すその虫の音も、
晩秋ともなれば昼夜を分かたず聞こえるようになる。
     鉦叩昼もたたけりしづかなる   日野草城    
     暁は宵より淋し鉦叩   星野立子 

初秋から馴染みの心和む虫の音も、
やがて秋が深まりそぞろ寒さを覚えると、
その音にもの悲しさが漂う。
     鉦叩ゆうべごころにうちそむる   山口青邨

聞く人もいつしか寂寥感に包まれる。
     鉦叩たたきて孤独地獄かな   安住敦

なお寂しさはつのり、己の愚かさを嘆くのである。
     鉦叩たたけど無明のがれ得ず   成瀬桜桃子

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by escu_lenta_05 | 2008-10-24 06:55 | 俳句

赤蜻蛉



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そろそろタマネギの植え付けが始まる頃である。
何かと雑用ばかりで、ゆっくりと菜園の手入れをする時間がないので、
まだタマネギを植え付ける畝を作っていなかった。
もうタイムリミットなので、所用を早起きで片付けて菜園に向かう。

植え付けや種播きをするには、堆肥を入れて畝を作ってから、
最低一週間くらい間を置かないと、
発芽した苗や植え付けた株の根が焼けてしまう。
それに、土の酸度を調整するために石灰などのアルカリ肥料を入れた場合、
土が落ち着くまでに少なくとも二週間が必要になる。
きれいな野菜を作るには、さらに長く土を寝かせた方が良いのである。
農作業は出来るだけ前倒しで進めないと事が上手く運ばないと判っていても、
万事成り行き主義で計画性が無いから、
農作業も周りの菜園の様子を見て、慌てるというのが恒例の私である。

そのタマネギの植え付け用の畝をどうにかこうにか作り終えて畦で休んでいると、
土に突き立てられた枯れ竹の先に、真っ赤に色づいた小さな赤とんぼが止まっていた。
額の辺りも青緑を帯びた白い顔になり、
すっかり美しい茜色に変身したマユタテアカネの雄である。

柔らかな秋の空を背景に、少し枯れ葉色を帯びた裏の丘の陰と赤蜻蛉。
傍らのカメラを取り出してゆっくりトンボに近づく。
最短至近距離までじわりじわりとねじり寄ってシャッターを押した。

      赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり   正岡子規

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by escu_lenta_05 | 2008-10-22 06:31 | 俳句