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Colocasia's Photo World

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<   2007年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

皆、ご満悦

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カラスはごみステーションを荒らす厄介者。
スズメは収穫間近のイネを食い荒らす害鳥。
どちらも人の身近で暮らす鳥の代表だ。

お互い同じ環境に居るのだから、ニアミスも頻発する。
カラスは体がずっとでかいから、小さなスズメなど追い散らして我が物顔で餌を漁る。
一方のスズメは、空にその黒い大きな鳥陰が近づくだけで怯え、サッと飛び去る。

でも、この写真のカラスとスズメは我関せずの風ではないか。
スズメは薄のシーソーで飛んだり跳ねたりをくり返すだけ。
カラスはあらぬ方を向いてそしらぬ様子。

理由は簡単。
皆満腹だから。
その手前の畑は、丁度今トラクターで耕し終えたばかり。
程よく熟成した牛糞の肥やしと、
土の中で冬眠中だった虫やカエルがかき混ぜられて、
色とりどりの新鮮なご馳走が、畑全体にどーんと並べられた。
この鳥達、その山盛りのご馳走を鱈腹食べたばっかりなのだ。

「衣食足りて礼節を知る」
満ち足りた所には、戦いやいがみ合いなど生まれないのかもしれない。
[Nikon D2X AF-S ED600mm F4DⅡ+TC14EⅡ]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-31 05:38 | 野鳥

光の春


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いきものたちの深い眠りを覚ますのは陽の光。
すっかり葉の落ちた梢の隙間や
枯れ草の葎を透かして
覚醒のベルを鳴らす。

水の滴る石の上のコケにも
ちらりきらりと光が躍ってやって来て、
碧い輝きを振り蒔いている。
ちっぽけな水辺にも
光の春は訪れる。
[Nikon D2X ED70-180mm F4.5-5.6D]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-30 05:10 | 風景

帽子の小人

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「春は確実にやって来ているよ」と言いたいけれど、
「まだ寒の内だよ。気が早いね」と返されてしまいそう。
でも、挫けずに野や林の草木を観てみよう。

冬田の畦は、蒼色の若葉でもう斑に染っている。
枯落ち葉を踏んで林の木々を覗けば、
新調の帽子を纏った木聖の小人が、枝先で微笑んでいる。

春の序章はとっくに幕を開けている。
[Nikon D2X ED70-180mm F4.5-5.6D]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-29 06:15 | 植物

艶めかしき枯色

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三橋鷹女に次の句がある。
 「枯色を被て枯色に紛れ込む」
そのまま読めば、枯草色に染め尽くされた一面の枯野の風景が浮かび上がる。
褐色の寂しい冬ざれが見事に表現された秀句だとすんなりと納得する。
しかし、この人が自立と奔放の作風で知られ、
 「鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし」
と読んだ、古い道徳観に縛られない戦後派の女流俳人であったことを思い出す時、
枯色を被ているのは枯草などでは無いと理解する。
俄に、そこが枯野に紛れる逢瀬の風景に一変する。

改めて野の枯草を見てみよう。
それは、ただ寂しく憂いに満ちた「死せるもの」などではなく、
妖艶な匂いすら漂わせる「生々しいもの」に見えて来る。
詩人の言葉の魔力に改めて驚かされるのである。
[Nikon D2X AF-S ED600mm F4DⅡ+TC14EⅡ]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-28 06:49 | 俳句

シアンのせせらぎ

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例年であれば、川面にも氷が張る頃だが、
今年はそんな気配すらない。
雨や雪が少ない所為か、水量もめっきり減っている。

水は河床の凹凸を舐めるように、複雑に渦巻いて流れ下る。
春を誘う無数の光の粒のざわめき。
まだ寒々しさを引きずるシアンの水色。
せめぎ合う季節のせせらぎが聞こえる。
[Canon EOS20D TAMRON IF28-75mm F2.8]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-27 06:35 | 風景

悄然とした風景

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冬ざれの湖畔に立つ侘びしげな柳の木立。
葉がほとんど抜け落ちた枝は、
夕暮れのシルエットに、包み隠しようが無い程全てが映し出され、
悄然とした風景に曝され、立ち尽くしている。

安富風生は詠んだ。
  「蕭条とつまびらかなる枯柳」と。

だが、もうこのような寒々とした風景とはお別れかもしれない。
林に入って木々の枝先をじっくりと観れば、
冬芽は既にはち切れそうに膨らんでいる。
寒々として侘びしい風景は、
草木の目覚めとともに、間もなく終わろうとしている。
[Canon EOS20D TAMRON IF28-75mm F2.8]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-26 06:03 | 俳句

饒舌なトタンの壁

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町はずれの社寺も、私にとっては被写体の宝庫である。
大小は別として、ここには必ず鎮守の森が残っていて、
風土の古い面影を垣間見せてくれる。
そして、いきものたちのささやかなオアシスでもある。

これは、そんな小さな社で見つけた木製の大振りな灯籠のトタンの壁。
幾重にも塗り重ねられたペンキの層が、燻銀のような深みのある光を放っている。
ところどころ破れていたり、釘を打ち直した跡が歴史を醸し出している。
ありふれたトタンの壁とて、その在り場所や幾度の風雪の痕跡に、
無性に惹き付けられて立ち止まり、
ついには、饒舌にしゃべり掛けられたりしてまうのである。
[Canon EOS20D TAMRON IF28-75mm F2.8]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-25 06:27 | 風景

ナズナの花

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暗い写真が続くと不評を買いそうなので(もう、とっくに買ってるかも)、今日はお花を。
と、今日はナズナの花。
「えっ、これ。相変わらず地味ね」と、言われそう。

冗談はさておき、暖かい冬とあって、田んぼ一面にナズナの白い花が満開の所もあるようだ。
例の三味線撥型の種子を花茎にびっしり着けたのもあるから、
もう随分早くから開花していたのだろう。
ナズナは七草がゆの食材の一つだが、これ程成長した株では筋っぽくて使えそうにもない。
今年は、蕾の着いたお手頃の若草を探すのにちょっとご苦労だったかもしれない。

例年、この時期の山里は枯木や枯草ばかりで、被写体を探すのに苦労するのだが、
珍奇を問わなければ、野草の花をいくらでも見つけることができる。
で、今日は「ナズナの花」と言う訳けなんですよ。
[Nikon D2X ED70-180mm F4.5-5.6D]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-24 05:30 |

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馴染みのフィールドには何時かは写そうと思っている場所が何カ所かある。
その大切な場所が、頭に描いたスケッチに最もマッチした季節と時間、
そして相応しい光を受けるまでカメラは向けない。
今日の風景は、そんな里山の道である。

畑仕事のおばちゃんが乗ってきた自転車も止まっていない。
夕暮れの散歩の犬を連れた爺さんも歩いて来ない。
況してや、車も通りはしない。
そんな、ただ悄然とした里山の小径を撮りたかった。
(どうしてこんなの写すのと言わないでね。)
[Nikon D1X AF50mm F1.4D]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-23 05:40 | 風景

田園アートはいかが?

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田や畑の周りを歩いて楽しいのは、
季節の草花や野鳥に出会えることばかりではない。
そこはモダンアートの展覧会場でもあるのだ。

田を掘り起こすトラクターが描く抽象絵画。
壊れたビニールハウスのシートが風に靡く動体クラフト。
廃車や一輪車を積み上げた廃鉄の彫刻。
畦や畑の片隅を歩けば、沢山のアートに遭遇する。

菊の栽培で使っていた支柱だろうか。
何百本もの人の背丈ほどのポールが積み置かれている。
その束を片端から見ると、無数の円の寄り集まるオブジェだ。
キャップ付き。それのとれたもの。破損の程度。
土の付き加減。微妙な前後への飛び出し具合。
一本一本のポールが、
あたかも構図や色合いを計算し尽くしたかのように配置されている。

ただし、それが積み上げられた古い支柱にしか見えないとすれば、
全てはそれを切り取った人の責任なのだけれど。
[Canon EOS20D TAMRON IF28-75mm F2.8]



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by escu_lenta_05 | 2007-01-22 05:51 | 静物