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Colocasia's Photo World

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<   2007年 02月 ( 28 )   > この月の画像一覧

ジョウビタキがやって来た


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以前、ジョウビタキの雌をアップしたが、これは雄。
家の周辺を縄張りにしている個体で、
最近、我が家の庭にも巡回して来るようになった。
[Nikon D2X AF-S ED600mm F4DⅡ]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-28 05:29 | 野鳥

楕円の春

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身震いする程の冴返る日もあれば、
合間の雨が忘れかけそうな春へのステップを後押しする初春。
ウォーキングや犬の散歩の人とすれ違いながら、
川沿いの道に流れを追って歩く。

入日が橋の橋脚をすり抜けて川面を照らしている。
その水面は、張り詰めた緊張の膜にデリケートに覆われている極寒の頃比べれば、
ゆったりと揺れる厚い粘質な水の層となり、春めいた川に変わっている。

たゆたう水紋がオレンジの波に踊っていた。

 「春めくを図形で言へば楕円かな」 (平川 尭) を歳時記に拾う。

長い輪となった波紋が、季節に乗って次第に丸みを帯びて行く春動く頃。
無数の黄金色の王冠が、キラキラと川面に揺らめき出すにはまだ少し遠い
春の川であった。
[Nikon D2X 105mm F2.8D]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-27 05:50 | 俳句

ケールの華麗な化身

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兎小屋程の一戸建てに住み始めて、小さな庭とは言え、
花や緑を年中維持するのが何と難しいことかがよく分かった。
特に冬場、霜の良く降りる所なので、適当なもに困っていたら、
隣家の方が、ハボタンを植えておけば寒さに強く、
花の代わりに楽しめるから良いと教えてくださった。
大きな工場や商店の前に飾られる門松の、あの巨大なハボタンを想像して、
キャベツのなり損ないのようなのはどうも植える気にならないと思った。

どうやらそれは先入観だったと判った。
年末の園芸店を覗くと、手のひらに載るような可愛らしいハボタンが並んでいる。
切れ葉や縮みなどの葉変わりや、ピンク、紫、クリームなど色とりどりで、
玉になるのを忘れたキャベツのような味気無いものとばかり思いこんでいたから、
花のような可憐さに驚いた。

この目を見張るようなハボタンの品種改良は日本が最も盛んなのだそうだ。
江戸時代にオランダから導入されたケールがその元で、
当時、料理法を知らなかった我が国では、
この「おらんだな」をもっぱら鑑賞用として栽培していた。
これが、今日の華やかなハボタンのルーツだという。
他の花卉同様に、日本人はハボタンにも繊細な感性で改良を試み、
ケールを見事な牡丹の華の化身を作り上げた。
「不味い!」のCMでお馴染みの野菜ジュースの原料やニワトリの餌にする青野菜が、
今では東京ハボタン、名古屋ハボタン、大阪ハボタンなどの名だたる品種となって、
世界のトップブランドに大変身している。

コニーファーを松に、パングラスを竹に見立てた寄せ植えの庭のハボタンも、
そろそろ見頃を過ぎそうだ。
ご先祖様のケールのように次第に茎が伸び、葉と葉の合間がどんどん広がって、
この野菜が身を変えた牡丹の華は、春が深まる頃には「菜の花」に姿を変えてしまうのだろう。

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by escu_lenta_05 | 2007-02-26 06:38 |

ワーズワースの水仙

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雨上がりの朝が気持ちよく感じるのも、春らしくなっている証だろう。
最近、朝刊を小脇に抱えて庭の草木の様子を見る時、
寒さで震える事も随分少なくなった気がする。

春咲きの球根を寄せ植えしているテラコッタに、ラッパズイセンの花茎が伸び出している。
パイプのような花蕾には水滴が乗っていて、艶やかなで清々しい。
この様子なら、もう2、3日もすれば黄色い花が開くだろうか。

スイセンの品種は一万数数千種もあるのだそうだ。
その品種改良の中心地はヨーロッパで、日本以上に人気が高い花卉である。
中でもこのラッパズイセンが主流で、これは西ヨーロッパに広く分布している。
学名はNarcissus pseudonarcissus。種名のpseudoは偽物のことだから、
一体どの種を似せているのだろうと、書棚を漁ってみるが判然としない。
ネットを廻れば直ぐに解決するのだろうが、後の楽しみに安易な事は止めておこう。

名高い詩人ワーズワースの、「・・・ われひとりさ迷い行けば 折しも見出でたる一群の
黄金色に輝やく水仙の花 ・・・」の水仙はラッパズイセン。
英名はDaffdoil、または Daffodillyで、これははキリシャ語のasphodelusに由来している。
アスフォデルスは天国に咲く花で、永久にしぼむことはないという。
偉大な自然詩人は、「わが心は喜びに満ちあふれ 水仙とともにおどる」と
このDaffdoil賛美の詩を結ぶ。
まだ春の浅い寒々しい灰色の風景の中で、湖のほとりや木立の下に群れ咲く花に出会ったこの人には、
季節を一気に歓喜の世界へと導く天上の花に思えただろう。 

我が庭のラッパズイセンは、まだ蕾の花茎が一本だけ伸び出したばかり。
水仙とともに躍るにはまだ少し早いようだ。
[Nikon D2X ED70-180mm F4.5-5.6D]


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by escu_lenta_05 | 2007-02-25 06:12 |

梅と鶯の懐

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「梅に鶯」は、牡丹に蝶や、紅葉に鹿などとともに植物と動物の定番の取り合わせである。
我々庶民の食べ物で言えば、カレーと福神漬け、トンカツと千切りキャベツのように、
無くてはならない組み合わせとして、脳裏にしっかりと刻み込まれている。

しかし、ボタンの花に蝶が蜜を吸いに来ている姿を見た人がどれだけいるのだろう。
紅葉を踏み分けて歩く鹿の姿に出会った人がどれだけいるだろうか。
大体、ボタンはほとんど香りはしないし、蜜を出して昆虫を呼ぶ仕組みの花でもはない。
あの真黄色の巨大な花心で虫を惹き付けているのだ。
ここには大量の花粉があって、花粉食のハナムグリなどの昆虫がやって来て、
しべに潜り込みモゾモゾしている間に見事受粉をして貰うのである。
だから、最初からボタンは蝶をお相手と思っていないのである。
鹿にしても、若草山の神鹿のように、芝や背の低い笹原で餌を食べている姿の方がずっとお似合いのような気がする。

梅に鶯もこれと同様、日本画などの意匠として数多く描かれているから、
いかにもそれが当然の生態であるかのように刷り込まれてしまっている。
一体、どれ位の人が梅の花の咲く枝先に止まっているウグイスを見たことがあるのだろう。
ウグイスは、高い木の枝などに止まり盛んに鳴いて縄張りを宣言する繁殖期を除けば、
笹原や低木の枝の中などの薄暗い所をちょろちょろ行き来するのを辛うじて見る位だ。
「チャッ、チャッ」という笹鳴きが薮の奥で聞こえるのが関の山である。
「ホーホケキョ」と美声で鳴き始めた鶯が、鑑梅楽しむ人の目の前に警戒心も無いまま
姿を現すのを見ることが出来るのは余程幸運な人だけだろう。

日本の「梅に鶯」の伝統は、中国からの移入文化であったようだ。
中国の古い漢詩「梅花密処蔵嬌鶯」に発想した、葛野王の漢詩集『懐風藻』にある
「素梅素靨を開き 嬌鶯嬌声を弄ぶ」によって、梅に鶯は詩のモチーフとして
万葉集を始めとした和歌などにも数多く登場するようになる。
だが、その元となった中国の鶯はコウライウグイスのことで、
日本のウグイスとは色彩も異なる別種だったのである。

私たちが最も良く目にするのは、寧ろ「梅にメジロ」ではないのだろうか。
今を盛りの梅の花にまみれて、枝から枝にへ飛び移るこの鳥の色の何と映えることか。
そうだ、それこそ鶯色。試しに色彩図鑑を見比べてみよう。きっとそれはあの薄汚れた
灰褐色のウグイスの羽色などではなく、濃い黄緑色のメジロの羽色そのものだ。
やはりそうに違いない。古代の詩人達は、梅の蜜に集まるメジロを鶯としてしまったのだ。
唐の文化をこぞって模倣した人たちは、頬を花粉で黄色に染めて満開の梅の花に群れ集う鳥を、
メジロと知ってか知らずか、鶯以外の何者にも見えなかったのだろう。
注:写真は梅とメジロですよ。念のために。
[Nikon D2X ED70-180mm F4.5-5.6D]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-24 08:11 | 野鳥

志士の春雨

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相変わらず車の運転が上達しない妻のお供で買い物に出る。
激安食料品店の駐車場に、何度も車庫入れをやり直して
何とか白線の間に車を収めた妻が、一緒に店に行くかと聞く。
車に乗り込む時に降り始めた細い雨は、すっかり本降りになっている。
寒々とした冷凍食品の並ぶ棚の前での品定めのお付き合いをするのも叶わないから、
「春雨じゃ、濡れて行こう」と気障な台詞を吐く必要もない男なのだからと、
車の中で寝て待つのが一番だと決め込み、車のシートをフラットにして横たわる。

季語の世界では春に降る雨の「春雨」と「春の雨」とを微妙に使い分けている。
春雨に濡れて様になった月形半平太は茶屋に入り浸って酒と女に明け暮れたが、
その勤王の志士の本意を解しえなかった同士の策略で、新撰組の刃に散り、
「死して護国の鬼になる」の辞世を呟き息を絶った。
この人に似合うのはどの雨だろうと、義憤も闘志も失せてしまった妻の鞄持ちのよう男は、
車の外の雨音を聞きながら考えてみる。

「春雨」は、小さな雨粒がしとしとと長く降り続く春の下半期に特有の雨に当てるらしい。
「春の雨」の方は、三春(主に前~中期)に降るふ雨の総括的な呼び方で、
雪も終わり雨に変わり、冷たさはあるけれど、木々や草の芽に春を誘い成長を促す
春の喜びをも感じさせる雨なのだろう。
芝居を気取れば細く降る春雨だろうか。
春先の移動性低気圧が日本海あれば、荒らしのような冷たい雨を降らせ、
それが南部に下れば温もりを浴びたやや太い雨であったりする。
冬と春を行き来するまだ季節の定まらぬ雨は、
むしろ時代の風雲に揉まれる無念の志士を濡らしす春荒らしの雨なのだろうか。

白いレジ袋を提げた妻が戻って来た。
その足下のアスファルトはすかり水を含み、歩を進める度に窪みに溜まった水が跳ねている。
気が付けばもう雨水。
土が雪解け水や春の雨をたっぷりと吸い込んで、
草木の生育を促す「土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)」の候になっている。
[Canon EOS20D TAMRON IF28-75mm F2.8]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-23 09:55 | 俳句

野を焼く少年の昂り


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野の草が芽吹きはじめる間際の今、
晴れ間が続き枯れ草がすっかり乾ききった頃合いを見計らって、
畦や草原に火が放たれる。

赤い炎は、立ち上る灰色の煙を従えながら、
地を舐めるように風下に向かって広がり、
灰褐色の枯野を見る間に黒々とした焼野に変貌させて行く。

侘びしく蕭然とした枯野は、メランコリーで詩的な趣に満ちているが、
どこか貧相で、くたびれ果てたような古草が、
勢いよく燃えさかり、一瞬にして漆黒の世界が出現するのを見ていると、
鬱々とした季節を一気に吹き払ってくれるようで、爽快な心持ちになってくる。

安東次男は『花づとめ』の中で、「野や山を焼きに行った。・・・
春立つ気配を拱手してただ待っているのが厭だったのである。」と、
雪の降った節分の翌日(立春に)、
枯れ草や枯れ木が濡れて燃えるはずがないと家人に笑われながらも、
春を先取りしたくて野を焼きに出た少年の頃の心情をその詩評集に書いている。
屍のような枯草を焼く行為は、あらゆる過去を見事に清算し、
新たな希望を奮い立たせるのかもしれない。

春雨のそぼ降る末黒野に立ってみた。
焼け跡は一層黒々として、地をしっかりと包んでいた。
全ては雨水もろとも地の中に染み渡り、目覚めたばかりの草木の芽に行き渡る。
少年を昂らせた炎などもうそこにはなかった。
[Canon EOS20D EF16-35mm F2.8L]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-22 06:08 | 俳句

咲き初めの愛らしさ

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このノースポールは、枝をどんどん増やし、花を沢山咲かせ、
丈夫で手間いらずだから、春花壇の彩りに欠かせない存在だ。
例年なら、ぽつりぽつりと花が咲いている程度の時期だが、
寄せ植えの他の花たちを覆い隠すほどに枝葉を広げ、
マーガレット似た小振りの純白の花を沢山着けている。

この花は、北アフリカ原産で、日本に導入されたのは1970年頃という。
学名はChrysanthemum paludosum で、英名がnorthpole。
だから、属名から「クリサンセマム」と呼ばれたりするのだが、
マーガレットやフランスギクも同じこのキク属なのだから、
クリサンセマムの名を独り占めしたのでは、この有名な先輩達に失礼な気もする。
種小名のパルドーサムと解説された本も見受けるが、
一般には、英名のノースポールで呼ばれることが多いようだ。

真っ白な花弁を一杯に開き、鮮やかな黄色い花芯を見せて、
花壇一面に眩しく咲き誇る姿も見るのも良いけれど、
まだ咲ききらない花弁が手を合わせるように寄り添っている姿の方が、
まだ春の浅い季節に相応しく、そして愛らしく思えるのである。
[Canon EOS20D 、Nikon ED70-180mm F4.5-5.6D]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-21 06:26

何の花?


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これはナノハナだろうか、それとも「菜の花」なのだろうか?

相変わらず鳥の少ない我がフィールとを流しいていると、
未だ冬枯れの雑草に覆われた畑のまん中を、その満開の黄緑の花に染められた一畝は、
春荒らしのような強い風に長い花茎を揉まれ、反物のようにはためいていた。

ナノハナは、菜種油の原料になる野菜の歴とした標準和名だが、
「菜の花」は収穫せずに畑に放置したままの野菜の花の一般呼称。
ハクサイも、コマツナも、チンゲンサイも、アブラナ科の葉物野菜は遠目で見ると、
どれもナノハナそっくりの花をつけるから、花だけ見ても何の花だかさっぱり判らない。
株元に、見慣れた野菜の姿の葉っぱが残っていたら、どうにか区別も出来るだろうけれど。

一昔前までは、この時期の畑に咲いているのは、大概トウ立ちした秋野菜の花だった。
しかし、最近では、春を待ちかねる人の為にかどうかは知らないが、
丁度今頃咲くナノハナの早咲き品種がかなり普及しているから、
走る車の車窓から一瞥しただけで、「あれは菜の花!」とは言えなくなってしまった。

菜の花と思って写した写真を見ながら、株元の葉っぱを写しておけば良かったと
後悔しながら、何の花かとまだ思案している。
[Nikon D2X AF-S ED600mm F4DⅡ+TC14EⅡ]

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by escu_lenta_05 | 2007-02-20 06:24 | 植物

これ、な~に?

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「一体、これは何者でしょう?」では簡単すぎますね。
「場所は何処?」の方がよろしいでしょうか。

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正解は続きをご覧下さい。


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by escu_lenta_05 | 2007-02-19 05:23 | 日常